代表者・山本忠利のご紹介
![]() 山本 忠利 |
代表の山本忠利がわんぱく少年団を始めて、2018年で40年になった。
山本は電力会社に働きながら、20才の時に川崎市幸区にある京浜協同劇団に加わる。
平間わんぱく少年団は、平間学童保育の卒業生の父母等で結成した。
少年団が15年ほど活動したところで、もっと太鼓を続けたいという若者と、山本が指導した中原市民館の太鼓教室の卒業生、地域の太鼓愛好者が加わって「和太鼓祭音」を結成した。平間わんぱく少年団と和太鼓祭音は兄弟集団として、様々なイベントへの出演を一緒にやってきた。可愛らしさが喜ばれる少年団と、勇壮な力強さを表現する若者たちの演奏が相まって、喜ばれた。
「和太鼓祭音」は舞台公演を目標にして練習を重ね、山本の構成演出、安達元彦の音楽で2000年に初めての舞台公演「祭りを舞う・祭りを打つ」を発表する。
山本の創る舞台は、演劇活動を通じて得た経験を和太鼓の舞台にも生かしていて、子どもたちの小さなミュージカルを挿入するなど、民謡、民舞、合唱、朗読、子守り唄など、これまでの和太鼓の舞台になかった要素も採り入れ、躍動的で伝統の匂いが息づく舞台になっているという、好意的な評価を得ている。
山本は「40年続いたのは、太鼓を叩きたいという子どもたちの要求もあったが、それを支える地域の温かさ、小中学校、子ども文化センター、商店街、町内会等々、たくさんの人がいて、声をかけてくれ、いろいろな形で応援してくれているから出来たこと」話している。 |